PDCAは有能か無能か

こんにちは、管理人です。

 

私のブログでは常々「景気の悪いときに生き残れない会社、店舗はなくなるべき」ということを言っていますが、やはり景気の悪いときこそ、本当の実力が試されると感じることが最近増えました。

 

 

今回のコロナウィルスの一件でほとんどの会社が慌てふためく状況になりましたが、純粋な疑問があります。

 

 

いつも皆さんが「大事だ大事だ」って言ってるPDCAってなんだったのか?

 

 

一応、PDCAをおさらいしますが、

 

PLAN(計画)

DO(行動)

CHECK(評価)

ACTION(改善)

 

の頭文字をとって、PDCAと付けられています。

もともとは、1950年台に提唱された“工場の生産効率を上げるための”考えかたです。

 

計画を練って、それを実行に移し、結果を評価して、改善していくという一連の流れを日本の会社では「PDCAを意識して」「PDCAを回して」などと使います。

 

計画のPが一番重要で、DCAの後、さらに次のPを考えていくサイクルのことをPDCAサイクルと言いますが、これは、すごく有能な仕組みの反面、Pが決まらなければ動けないという面があります。

 

つまり、強い意識を持って「計画」を(ここでは目標も含めて)指針を示せるリーダーの下以外では、スピード感のない手法となります。

 

普段から「計画」をいくつもの角度から出せる考え方、思考法、センス、ありとあらゆる頭脳戦を鍛えるようにしなくては結局無駄に終わることが多いということです。

 

今回、私の疑問はここにあります。

 

結局大事な局面では計画を考えずに行動していないか?

 

PDCAというサイクルを仮に“無能ではない”と仮定しますが、日本でもオーストラリアでもアメリカでもようやく細く出口が見え始めたころでしょう。

 

PDCA→PDCA→PDCA

 

このようにサイクルを回していく過程で、コロナによってビジネスモデルを一時的に切り替えた場合、2週目のPをそろそろ考えなくてはいけない時期がやってきました。

 

その段階で明白になるのが、ひとつめのPの正否です。

 

Pが間違いだった場合、8割以上の会社や組織は「コロナだったからあのときは仕方なかった」となるのが目に見えていますが、、、

 

皆さんの組織ではどうでしょうか?

 

最近では、個人でPDCAサイクルを回すという考えや書籍が多く出ていましたが、本来の使い方として、組織で回す場合は確実にスピード感が必要不可欠になります。

 

「これだ!」とリーダーが決めて押し切る力が結局PDCAを回す組織には必要になります。

 

大企業でただ“PDCAを回す”ことに捉われているようなところは、Pの責任を誰も取らなくていいような決め方でスピード感を失うか、自分が取らなくても良いような立案をするか、何にしても“伝統のある会社”や“年功序列の会社”にはPDCAは向いていないのでしょう。

 

何事も悪いときに本当の姿が出てきます。

 

今回の件で「PDCA、PDCA」と言っていた会社や組織がことごとくPをないがしろにして「とにかくD」つまり、「とにかく動け」になったことには驚きました。

 

 

やはり会社も人間も、最悪の状況で本性が出ることになります。

 

 

私はこの10年で日本では東日本大震災、オーストラリアでは森林火災、両方の国でコロナウィルス、これらの影響でビジネスは左右されてきました。

 

一般的な日本人なら最低2回、10年で影響を受けていることになります。

今のビジネスを10年、20年と発展させていくのであれば、良いときに知識の習得と実験を行い、悪いときに全ての知識と知恵を使い乗り越えるという考えが必要でしょう。

 

良いときにかっこいい戦略を語り、悪いときには出来事のせいにする

 

上品じゃないですね。

 

これを読んだ方が、悪い時こそ、深呼吸して、落ち着いて頭脳戦ができることを願っています。

 

良いときにかっこつけた戦略を語るより、悪いときに何をして成功に導くのか、PDCAが有能か無能か、私は使う人間が結局は有能か無能かにかかっていると思っています。

 

当たり前ですね。

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