目指すことと商売のバランス

みなさんこんにちは。
言うまでもなく、都市がロックダウンされて人出が減る中、残念ながら多くの飲食店が閉店に追い込まれているようです。先日読んだとある記事の中に、そうした飲食店のオーナーの一人による述懐がありました。

曰く、そのオーナーの店は「周辺の住民が気軽に安く食べられて、また店員とお客さん、はては常連さん同士のコミュニケーションまでも大切にしたような店」で、オンラインの予約システムや流行りのデリバリーサービスなどには対応していませんでしたが、ロックダウンまではそれなりに繁盛していて愛されている所だったようです。
経営が非常に上手く行っていて高い利益を上げていたわけではない、というのは結果を見れば明らかですが、少なくともそのお店に何回か行ったことのある人にとっては残念なことだったのではないでしょうか。

この記事を読んで少し自分に似たものを感じたので、よくよく考えてみたところ、自分の望むものと商売の間で一種のジレンマがあることに気付きました。

レストランの経営を続けるという目的においては、おそらくは閉店を決める前のどこかの時点で何がしかの対策は打てたのでしょう。真っ先に思い付くのはシドニーであちこちのレストランがやったように、デリバリーを受け付けたり、SNSを通じてそれを宣伝するとか、そういった事です。
ただ、これはオーナーにとってはポリシーの方向転換に当たります。
推測ですが、オンラインのブッキングを受け付けることで一見さんを増やすことは、よく通ってくれる地元の常連さんをキックアウトすることにもなりかねず、そういう風になるのはオーナーがもともと作り上げたかった店とは別物です。
店そのものが無くなってしまっては元も子もないと言えばそれまでですが、かと言って自分が目指していたものとは重大な部分で違っているものを、どうにかして存続させるということに意義があるのか?と問われれば、大袈裟に言えば「ライフワークを断念する」という点において同じかも知れません。

私は自分達の作る商品の末端価格が必要以上に高いとずっと思っていたので、より高性能な商品がより低コストで作れないか、ということを常に考えてきました。
苦労して開発した他社製品よりも優れている新モデルが、その優位性を帳消しにして余りあるような(ロクに考えもせず決められた)高額で発売されると聞いて「いっそ売れない方がマシだ」くらいに思ったこともあります。
こういう点で、このレストランオーナーと自分に類似点があると思った次第です。

経営失敗の被害はお客さんが受けるはめになる、というのは本当にその通りだと思います。
閉店したこのレストランの常連さんは寂しがっている事でしょう。
片や私達のお客さんは、必要以上に高額に設定されたパーツを買いたくないあまり、交換時期を引き延ばして安全性を犠牲にするような人が居ます。
これも経営に失敗している一例ではないでしょうか。

目指すことと商売のバランス” への3件のフィードバック

    1. >Masaさん
      内容的にこちらの場所で書くのが適切なのか、我ながら疑問だったのですが。
      そのように言っていただけると嬉しいです。ありがとうございます。

  1. 「経営失敗の被害はお客さんが受けるはめになる」
    最近私も特に意識するようになりました。

    > 片や私達のお客さんは、必要以上に高額に設定されたパーツを買いたくないあまり、交換時期を引き延ばして安全性を犠牲にするような人が居ます。これも経営に失敗している一例ではないでしょうか。

    確かに、おっしゃる通りですね。
    販売価格の設定を考えさせられますね。

    ありがとうございました。

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