中華パイプ

みなさんこんにちは。
いつもとりとめのない事を書いていますが、今回も思いついた事をそのまま書き殴ります。

先日、中国のサプライヤーからアルミのパイプが届きました。
従来のヨーロッパから輸入していたものに比べて例によって格段に安いのですが、なぜか重さは20%近く重い。パイプの径や厚みに微妙な違いはあれど、合金の比率などは規定のものなのでここまで違うのはよく考えると薄気味悪い気もします。
とはいえ致命的な欠陥になる部品ではないし、合金の混合比率など簡単に調べようもないのでどのみちこのまま使わざるを得ないでしょう。この是非は置いておいて、このとき私には別のことが思い出されてしまいました。

それは旧ソ連での国を挙げた工業化政策にまつわる話です。
当時の工場労働者は政府によってその仕事に従事させられており、無理もないことですが労働意欲は低く、非常に効率が悪かったそうなのです。
怠慢な者を罰する細かな規則が設けられ、実際に多くの人が罰則を受けたようなのですが、それでも効率は上がらない。
そこでもっとやる気を出させるためにボーナスも支給されるようになったそうなんです。
生産量を上げるのが目的のボーナス支給ですから、支給されるかされないかが決まるのは前年度なり過去の生産量を基準に一定量増えたかどうかによって判断されます。一方その生産量を計る基準は、例えば鉄板の場合は重量であったり面積であったりしました。
その結果どうなったかというと、ボーナスが支給される程度に生産量そのものは増えましたが、重量が基準であった場合は鉄板はいたずらに重くなり、面積が基準であった場合は無駄に薄っぺらくなり…といった具合で、結局コストは上がって品質は下がった…ということが起きたそうなのです。

中華パイプはまるっきりこれと同じ仕組みの産物のように私には思えてしまったのでした。
中国のサプライヤーに価格で太刀打ちできる競争相手が居ないのなら、中国製品は高品質を目指す必要はありません。アルミのパイプは重量を基準に購買していますから、サプライヤーとしては100本の軽いパイプを作るよりは90本の少し重いパイプを作る方が作業が少なくて済みます。
こうして品が悪くて安っすいモノが大量生産大量消費されていくわけですね。
高品質で長持ちするものが必ずしも正義ではないのです。

大きな視点で見れば無駄だけれども当事者にとっては得だから成り立っている、というような仕組みは形を変えて至るところに見られますね。
してみると、取引先や一緒に働く同僚が自分の期待したような成果を出してくれなかったりする場合は、そうなってしまうような構造が出来上がっていることを疑った方が良いのかも知れません。

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