〘部分最適〙と〘全体最適〙について考えたきっかけ

いつも皆様のブログを読ませて頂いております。たけやんです。会社員として、英会話スクールの運営をしている管理職の端くれであります。

コロナウィルスの影響により、思うように校舎運営ができず歯がゆい思いでいっぱいですが……こんな時だからこそ、学べることを学びます。

最近は〘部分最適〙と〘全体最適〙について考えることがありました。

ひとつの校舎規模において、顧客に最善のサービスを行うことができて(CS)、従業員に快適に働いてもらえて(ES)、売上をあげられること(セールス)が出来ていたのなら、その校舎は〘全体最適〙が保たれている状態なのではないでしょうか。しかしそれら(CS)(ES)(セールス)のバランスが傾いた時に、それぞれの〘部分最適〙が損なわれているのではと考えます。

・CS
・ES
・セールス

の3つの観点を考えた時に、私はいつもESの向上から取り組みます。(会社の社風もそうあったのですが、そもそも私の気質としても、自分たちスタッフこそが自社の商品をいちばん魅力に感じてもらって、1番素敵な職場だと思ってもらわないといいモノは売れないとの考えです。)

これが管理職として正しいかどうかは各位ご判断いただくとして、この信条のもと、昨年はスタッフ勤務の継続率がとても高く、それがCS向上にも繋がりました。自分の心の支えにもなっています。

しかし例えば、昨年の数字を見返した時に、予定より人件費が多くかかっていたことに気が付きました。月ごとにみたら大した額ではないという認識だったのですが、年間で見たら大きなズレです。

それぞれの生徒に最善の先生を充てがって、最適な仕事を割り振って、バランスをとってシフトを作成していたつもりが、利益を圧迫してしまっていたのです。

このように、〘部分最適〙に目を向けるあまり、〘 全体最適〙が損なわれてしまうということは他にもあるかと思います。上記、知識としては知っていたはずなのに、実際に体験をしたことで改善の余地があると気づくことができました。

些細なエピソードで恐縮ですが、なにかご意見など頂戴できましたら幸いです。

お読みいただきまして、ありがとうございました。

たけやん

〘部分最適〙と〘全体最適〙について考えたきっかけ” への1件のフィードバック

  1. 「全体最適」「部分最適」という観点が非常に面白いですね。
    ビジネスでは全体の最適というのはビジネスの継続と考えると「売上」であり、この記事では「セールス」とされているものになりますが、結論は「部分最適は矛盾するもの」と考えるべきでしょう。

    これからのために訂正を入れておきます。

    >ひとつの校舎規模において、顧客に最善のサービスを行うことができて(CS)、従業員に快適に働いてもらえて(ES)、売上をあげられること(セールス)が出来ていたのなら、その校舎は〘全体最適〙が保たれている状態なのではないでしょうか。しかしそれら(CS)(ES)(セールス)のバランスが傾いた時に、それぞれの〘部分最適〙が損なわれているのではと考えます。

    これは理想論、または各店舗は赤字を気にしない大企業の考え方かと思います。
    CSとESを「最善」にした場合、必ずセールスは「最善」にはなりません。
    なぜなら、CSを高めようとすればするほど、ESを高めようとすればするほど経営資源が減ることで、利益を圧迫するからです。
    つまりは、この文章でいうと、CSに関してもESに関しても”最善””快適”ではなく”適切な”という言葉に置き換えなくてはいけません。また、CSとESとセールスを同じ高さに置くことは危険ではないかと思います。

    例えば、売上を上げるために、右の部署では節約節約と言い、左の部署ではもっとお金を使え、というような状況があります。部分最適は全体最適のためにあり、その矛盾をバランスよく見るのがマネジメントです。
    「部分最適に目を向けるあまり」ということが発言で出てくるということは現場に入り込みすぎている可能性がありますので、マネジメント層としてのバランス感覚を意識してみると良いのではないでしょうか。

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